「サッコ先生」のニックネームで活動している、産婦人科医の高橋幸子先生にお話を伺いました。豊富な活動経験、その中から見えてくる現実、そこに対して何をどう考えてどういうアクションをするのかなど、サッコ先生の言葉にこれからの活動のヒントが隠されています。
目次
お話を聴いた方
産婦人科医 高橋 幸子(たかはし さちこ)さん
埼玉医科大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター/産婦人科医。日本家族計画協会クリニック非常勤医師。彩の国思春期研究会西部支部会長。
年間120回以上、全国の小学校、中学校・高等学校にて性教育の講演を行っている。
NHK「あさイチ」、「ハートネットTV」、「夏休み!ラジオ保健室~10代の性の悩み相談~」に出演、AbemaTVドラマ「17.3 about a sex」、ピル情報サイト「ピルにゃん」、家庭でできる性教育サイト「命育」、YouTubeチャンネル「SHELLEYのお風呂場」を監修するなど、性教育の普及活動に尽力する。 著書に『サッコ先生と!からだこころ研究所 小学生と考える「性ってなに?」』(リトルモア 刊)
取り組んでいる性教育活動
最近はどのような活動をしているんですか?
2021年3月末までは、「無料でHPVワクチンを打つチャンスを逃した人たちにもう一度チャンスをください」という署名活動に力を入れて取り組んでいました。厚生労働大臣に署名も提出したんですが、まだキャッチアップ接種が始まらないので、見守っています。
国際セクシュアリティ教育ガイダンスにのっとった性教育の教材をつくるという活動もしています。
埼玉県産婦人科医会のなかに性教育委員会というものが2020年6月に急に立ち上がって、性教育の外部講師として産婦人科医が県内の全部の中学校をまわるぞ!という目標を立てて活動を始めました。
厚労科研費で、「#つながるBOOK」というのも作りました。これまで作成されていたブックレットは、「セックスをするなら、これを知っていてね」という知識が中心でしたが、「#つながるBOOK」は性的同意のことが載っていて、セックスをする手前の事柄に半分くらい使っています。性的同意という考え方を知った上でセックスする/しないを自分で選択していくつくりになっています。
地元にユースクリニックを作りたいと思って動いています。以前スウェーデンに視察に行った時に見学した、行政が主体でやっているクリニックをイメージしています。「夕方中高生が来れる時間帯に居場所になるようなところを市内の駅近に作りたいんです」と市長さんと教育長さんにお話したら、場所の候補など少しずつ決まりそうな感じです。
精力的にご活動されてますね。そういった経験を通じて、日本の性教育はこれからどうなっていくと思いますか?
「生命(いのち)の安全教育」が発表されましたが、教材を作るにあたり、ヒアリングを受けました。全校種に向けて一斉に文科省が作成したことは、すごい前進です。でも、出来上がったものをパッとみて、もう少し脅しじゃない内容にならないかとは思いました。相手との関係性が悪いところがスタートになっている教材で、登場する人たちもみんな悲しい顔をしていて、ポジティブな感じの教材ではないですね。そこは気になっています。
せっかく国が全国一斉にやろうと動いているので、みんなで意見をあげてブラッシュアップしていくのがいいと思います。この教材がどういう風にうまく日本全体に広がっていくかにも関心を持って関わっていきたいと思っています。
学校でポジティブな性の話をするのは難しい
みんなでより良いものに育てていく必要があるということですが、同感です。先日も、『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』の翻訳に携わった福田和子さん、渡辺大輔さんに、ガイダンスと性交痛の切り口でお話を伺いました。ガイダンスは「性的なことに関心があるのは、健康でポジティブなこと」という前提で仕上がっていると思いますが、そういう受け取り方を学校で伝えることは難しいものでしょうか。
現状問題として、女性がセックスを楽しむことを良しとしない人たちが存在します。「快楽は男性だけのものではなく女性も得ていいんだよ」という前提が共有できないと次の段階に進めないですが、その前提をどうやって教育の中で共有できるかですね。性教育に関わる人たち、特に学校の先生方にそこを肯定的に受け止められない人たちが残っている限り、ポジティブに伝える教育は困難だと感じます。でも10年前と比較すると、代替わりがあったせいか、校長先生の性教育に関する考え方がだいぶ変わり、抵抗感がなくなってきている実感があります。しかし文科省の人たちの認識はなかなか変わらないように思います。
サッコ先生はどんな風に語っているのですか?
思春期の性教育をやるにあたって、性の快楽の話をしなくても思春期の性教育はできると思いやってきました。でも、そうではなく、「楽しいことだよね」、「豊かなことだよね」、「ふれあうことは嬉しいことだよね」というところからスタートして、「ちょっと待ってリスクもある」と話すようにしています。
快楽について触れているのはスライド1枚だけ。性には、「ふれあい・コミュニケーションの性」、「生殖の性」、「暴力・搾取の性」と大きく分けて3つあって、「ふれあい・コミュニケーション」という側面もあるよねという程度で、3つめの搾取や暴力に巻き込まれないでほしいことを伝えています。生徒から「セックスって気持ちいいんですか」って質問があれば、「気持ちいいです」と伝えることができますが、聞かれていない場合はしていない状況です。
やはり学校での講演では言いづらいトピックなんですね。
学校に受け入れられるかを重要視しすぎているのかなと自分でも思います。変なことを講師が言ったら、学校側は来年以降呼ばないことができます。来年も信頼して呼んでもらうには、地雷を踏まないこと。これまでの性教育バッシングを考えると、今の表現は精一杯と思います。これまでは「生殖の性」しかあげていなかったので、これでも踏み込んだものです。私の中ではふれあい・コミュニケーションなど肯定的なことが入れられて「やった!」という気持ちがあったのですが、もうちょっとポジティブなことを入れたほうがいいのかなと思います。しかしこれ以上は怖くて…。それをどうしたらいいかですね。
快楽に関する話はやっぱり大事
快楽についてもうひとつ話しているところがあります。セルフプレジャーのところで男子も女子も何回でもやっていいということです。女子のセルフプレジャーについてもこっそり入れ込んでいます。男性向けのようにしゃべっているんですけど、スライドには「女子も」と入れてます。女性のセルフプレジャーのことも生徒には伝わるようにと思って。
自分で自分の気持ちいいがわからないと、お互いにどうして貰いたいかわからない。「本当はこうしてもらったほうがいいのにな」というのがあればリクエストしてお互いに高め合ってニーズを満たしていけるけど、そもそも自分がどうなったら気持ちいいのかわからなかったら、リクエストもできないわけです。セルフプレジャーでもうちょっと具体的に女子も自分で気持ちいいところを知っていないと「相手とどうしたい」というやり取りができないんだよって、本当はもうひと言付け加えたいわけです!そういうことを今後言っていきましょうかね。それは高橋幸子が今すぐできることかなと思いました。
「お互いにリクエストする」「自分の気持ちいいところを具体的に知る」という話がありましたが、同様のことは性交痛でも大事になります。「どうしたら痛いのか、どうしたら痛くないのか」を自分が分かっていることも大事だし、それを遠慮しないで伝えることも大事。気持ちいいことは悪いことじゃない、どうすれば気持ちいいかを具体的に自分が知る、それを伝え合って良いセックスをする、というのは本当に重要です。「誰かの我慢のうえに成り立つ快楽はない」のですから。
気持ちいいことを知っていると伝えられることも大事ですね。ちなみに、大人が性について語るとき、子どもたちから「セックスって気持ちいいんですか?」と質問されたらどう答えればいいか分からないということがありますよね。「プライベートなことは言う必要ないんだよ、あなたも聞かれてイヤな時は、答えなくていい権利も保障されているから、答えなくていいんだよ」と伝えればいいと思います。
ジェンダーバイアスが悲劇を生み出す
性教育がこれだけやりづらいのは、やはりジェンダーの不平等の問題が隠れていると思います。
そうですね。男性が性的にアクティブに楽しむのは問題ないのに、女性がアクティブなのは良くない、というようなバイアスがあります。妊娠してしまうと誰の子がわからないから、貞淑であるべきっていう意見もありますが、避妊がほぼ確実にできるようになっているからには、そういう話じゃないですよねって段階に進むべきなんですけど、進めていないです。
ふあんふりーの編集部内でも、医療など対人援助をする人たちの間のジェンダー認識にも課題があって、藁をもつかむ思いでやっとたどりついた専門家のところで更なる被害を受ける患者がいるんじゃないか、というような話が出ることがあるんです。
性感染症のリスクもセクシュアル・パートナーが多ければ多いほど、リスクが高まるので、人数が多くない方がいいというのはあると思うのですが。でもそれってその人の選択肢ですよね。たくさんの人としたいのか、少ない人と深くしたいのか、それは周りの人が決めることではなくて、その人がリスクも承知したうえで決めること。たくさんの人とすると選択するのであれば、私たち医療者は「ダメですよ」というのではなく、「それに伴って危険なこともありますよ」と伝えて、「もし病気になったときは、治しますよ」というのが望ましいんじゃないかと思います。
性感染症にかかって不特定多数の人としてきた人たちを診察するときに、「そりゃ、あなたの自業自得だよ」という目線の医療者はまだ多いですよね。「リスクまでわかっててしたんでしょ、大丈夫治してあげる」という医療者は少数派。医療者側も性に関することを含め、その人に選択する権利があって、その人がしたいようにすればいいことで、周りが指図することではないということを理解しないといけないですね。
その理解が進むまでの間、患者さんはどうすればいいですかね?
医療が必要な時には、患者サイドが心を強く持って何言われても気にせずに、「うっせーわ」と思いながら聞き流していいから、ちゃんと病院を受診して治療をするんだよっていうことだと思います。「病院に行くことを嫌がってこじらせてしまうより、医療者は薬を出してくれる人と割り切って、何を言われても気にせずちゃんと医療とつながってね」というメッセージを、私たちのような性教育の指導者側が伝えられたらいいですね。
誰に何をどこまで伝えるかを常に見直す
私の中では高校生に伝えるべき内容と大学生以上に伝えるべき内容の線引きがあるんですよね。それは私の線引きなのか学校の先生方に受け入れられるためのサバイバル術としての線引きなのかは分からないですが。
今、フランスの本の翻訳本の監修をしていて、それがめちゃくちゃセルフプレジャーの指南書なんです。男性も女性も。自分でどう気持ち良くなるかっていうことと、相手をどうすると気持ち良くさせることができるかということを、とても具体的に絵で説明しています。その本の表紙に監修として私の名前が載って、性教育の本として出るんです。エロ本としてではなく!
スウェーデンの小学生向けの性教育の本には、男の子がシャワールームで自分のペニスをいじりながら、「Oh!」と言っているイラストと、女の子がベッドの上でイヤホンを聴いて自分の性器を触りながら「Oh!」と言っているイラストが両方あります。小学生でもちゃんと伝わっているんだから、中高生には女子も自分で気持ち良くなっていいんだよって、スライドでこっそりだけではなく、もう一歩伝えてもいいかな。
さっき言ったような、高校生向けの話と大学生向けの話を線引きしていることは、自分の中でも変えていかないといけないんだろうなって今日お話して思いました。
インタビューを終えて
日本の性教育は国際スタンダードから遅れているといわれていますが、その影でサッコ先生のような方々が奮闘していることを改めて感じました。
サッコ先生はほかにも、「性教育はひとりひとりの人生を守る授業」「性教育を正面から伝えると、先生と生徒の距離感が変わる。すごく生徒が信頼してくれるようになる」などの熱い言葉で、性教育の活動をする人にエールを送ってくれました。
サッコ先生が取材中何度も、「私にできることは」と自身に問うていたことが印象的でした。できる人ができることを少しずつ持ち寄ることで、少しずつ社会の在り方が変わっていくと思います。誰もが生きやすくなるように性に関する日本の状況が変わるにはまだ時間がかかりますが、みんなで少しずつできることをやっていきたいと思います。
この記事は、性教育の活動に携わる方を主な対象として書かれています。様々な形で性教育に携わり実践を行っている先生の話が、みなさまの活動のますますご発展の助けとなりましたら嬉しく思います。