現代の性教育が救ってくれる、私たちの性交痛

「ふあんふりーは性交痛についての情報を発信するメディアなのに、どうして性教育についての記事もあるの?」ふあんふりーを運営するなかで、そんなふうに聞かれたこともあります。それは、性教育が教えてくれることが性交痛の対処にもすごく役立つからです。ふあんふりーがお伝えしてきた「性教育」は大人の皆さんが学生時代に学校で受けてきた性教育ではなく、国際的に取り組まれ、日本にも普及しつつある「包括的性教育」のことを指しています。この新しい性教育がどのように大人の私たちや性交痛と関係しているのか、ふあんふりーの監修者であり、性の健康イニシアチブの代表でもある柳田さんが解説します。

柳田正芳(やなぎだまさよし)

大学時代に性教育分野の学生団体に入ったことがきっかけで性教育の活動をはじめる。大学卒業後、性教育の活動を離れた時期もあったものの、2009年にあるNPOの事業事務局長として「相談と検査ができる街の保健室 ティーンズルーム渋谷店」の出店事業に参加。同年秋に、性教育の分野で講演/ワークショップ業、執筆業、イベント企画業などを行う「若者世代にリプロヘルスサービスを届ける会Link-R」を立ち上げる。若者向けや若者の周囲にいる大人向けの性教育のほか、両親学級の講師業や国際学会の活動も行いつつ、現在に至る。現在は、Link-Rを改組した「性の健康イニシアチブ」の代表、かわさき包括的セクシュアリティ教育ネットワークCsexologueの代表などを務める。

性教育が教えてくれる、してほしいことを理解して伝える重要性

ふあんふりーには性教育について書かれた記事も多くあります。それらの記事の制作にも携わってきましたが、それは性教育の知見が性交痛の対処にも役立つと思っていたからです。しかしながら、昔学校で受けてきた性教育を想像すると「性教育は大人の自分には関係ない。性交痛は自分のからだの問題であって、性教育とは無関係」と思うかも知れません。

ふあんふりーで「性教育」と検索すると17件の記事がヒットします(2022年11月現在)。そのうちの何本かは外部のニュースに掲載されたことを報告する記事などですが、しっかりと性教育の知見を紹介している記事も複数あります。

性交痛がつらいという現実に一石を投じてくれる海外の性教育の考え方

例えばこちらの記事は、自分が何を欲しているかを理解することや自分で自分のことを決めることの重要性、自分がどうしてほしいかを相手に伝えるコミュニケーションの大切さをテーマにしています。

最初のところで、20代の70%が性交痛を経験しているという調査データがあること、その背景には『カップルだから痛いけど受け入れる』という我慢する当事者の声があるのではないかということなどが紹介されています。

そのうえで、性交痛の当事者はセックスには同意しても「この体位はやめて」「もっとゆっくり動いて」などのニーズがあるのではないかということ、対等な人間関係がないとそういったことを言うのは難しく、人間関係をいかに作れるかがもっと注目されてもいいこと、対等な人間関係のなかで個々人が喜びを感じるために想いを伝えることが重要であること、その際に「嫌だ」だけではなく「こうしたい」「こうしてほしい」といったことも伝え合うことが大事であること、普段から想いを伝える練習をすることでいざという時に自分の想いを伝えられること、こうした考え方の背景に「お互いが幸せになれる同意」という国際的な流れがあること、などが書かれています。

そして、そうした思想をもとに『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』という文書がまとめられ、その文書をもとに性教育のプログラムが考案されていることが分かります。
この記事で紹介している「対等な人間関係」「お互いが喜びを感じられるように想いを伝え合う」「こうしたい・こうしてほしいを伝える」といった考え方は、性交痛がつらいけど我慢して受け入れているという当事者の方にもぜひ取り入れてほしいですし、自分はどうしてほしいのかを理解することとそれを相手に伝えることの重要性についてはすごく強調したいと思います。

権利、人権…難しそうな言葉も実は自分事に結びついている

ふあんふりーの記事にも時々出てきますが、「権利」「人権」といったワードを言われても、「よく分からない」「自分には関係ない」と感じられますね。自分がこれをやりたい・こうしたいと思うことは一切聞き入れてもらえず、誰かから「これをやりなさい」と言われたことしかできない人生ってしんどいですよね?だから、「自分のことを自分で決める・自分で選び取る」って、とても大事なことなんです。「自己決定」といわれると難しそうに聞こえますが、要するにそういうことです。

健康的な人間関係の原則は「私もOK、あなたもOK」です。「私はOKだけど相手はOKじゃない」「私は良くないけど相手はOK」という関係性は健康的ではなく、どちらかが我慢しているのでやがて破綻します。「私もOK、あなたもOK」になることを意識して人間関係を結ぶといいと思います。逆に言えば、「私もOK、あなたもOK」(=自分のやりたいことをやれて他人に害を与えない)になるなら、何をやってもいいとも言えます。自己決定の本来の意味は「無制限に何をやってもいい」ではなく、「自分にやりたいことをやれて他人に害を与えない時、何を選んでもいい」なのです。

それを言葉にしたのが「権利」や「人権」といった言葉です。他人に害を与えない範囲でなら、自分のやりたいことを叶える権利が誰にでもあります。私にその権利があるように、他の人にも同じ権利があります。だから、自分がやりたいことを叶えるのはOK、でもそれによって誰かに害を与える、誰かの権利を侵害することはNGです。自分のやりたいことをやるという権利を行使するなら、他人の権利も守る。その範囲でやりたいことをやる。「私もOK、あなたもOK」な人間関係の実現に「権利」や「人権」という言葉が関係していると思えると、身近な言葉に思えてきませんか?

進化する性教育

日本の学校での「性教育」は、長い間、保健体育の授業で扱われてきました。保健の授業がカバーするのは「二次性徴」「性感染症の予防法」「避妊法」といった身体の話が主でした。いわゆる主要外4科目でもあったため、テスト前に暗記してテストが終わったら忘れてしまったという読者の方もいると思います。性教育=身体の話だと思っている人は多いと思うのですが、それは性教育のほんの一部でしかありません。

予防法や避妊法といった知識は、「自分はこうしたい」「自分もパートナーもこうしたい」という希望があって初めて使えます。まずは「自分がどうしたいか」(自己決定)や、パートナーと話し合いをするコミュニケーション、その前提となる人間関係がないと、知識だけを持っていても使いどころがありません。そして、最近は日本でも自己決定やコミュニケーションの大事さが少しずつ認知されてきており、それらも含めた性教育をやろうという動きが広がってきています。

ありもしない正解に囚われず満足の引き出しを増やす

ふあんふりーにはたくさんの質問やご意見が寄せられます。中には「性交痛のため、満足なセックスができず彼を喜ばせられない自分はダメ。だから幸せになれない」という主旨のメッセージも複数あります。

「セックスは相手を喜ばせるためのもの」というセックス観を持っていると、こういう悩みを抱きやすいかもしれません。

こちらの記事にもありますが、セックスには正解も不正解も王道もありません。「正しいセックス」というものはありませんし、正しくないセックス(そんなものもありませんが)が良くないと決めつけることもできません。どんなセックスも、ふたりがそれでいいならそれでいいのです。他のカップルと比べて変わったセックスをしているからよくないなんてことは一切ありません。「セックスはこういうもの・こうあるべきもの」という固定観念を捨て、ありもしない正解に囚われず、「こうすれば満足する」という満足の引き出しを増やすといいです。例えばこちらのカップルは、挿入なしでも気持ちよくなれる方法を二人で考えた結果、挿入が中心だったセックスでは味わえなかった、より深い快感を得られるようになったと言います。

「セックスは生殖のためのものなのだから、結婚もしていない者がセックスなどけしからん」とおっしゃる方もいますが、それは「快楽性」や「連帯性」を否定した考え方で、人間の性の本質からは離れてしまっている部分もありそうです。

後記に代えて:性教育は性交痛でもセックスを楽しむ極意を教えてくれていた

健康的な人間関係の原則は「私もOK、あなたもOK」だと書きました。セックスは人間関係の究極とも言えますが、その究極の人間関係において、「相手を喜ばせられないから自分はダメだ」とあなたが嘆いている時点で、「私もOK、あなたもOK」にはなりません。性交痛で挿入を伴うセックスは難しいとしても、他ならぬ自分自身は何を求めているのか、どうしたら気持ちいい・心地いい・嬉しいと思うのかを自分自身が理解すること、それを伝えて一緒に楽しんでもらえるようにパートナーとのコミュニケーションを欠かさないこと、コミュニケーションの前提となる対等な人間関係を築くこと。そういったものがあれば、性交痛がつらくてもセックスを楽しむために必要なものが揃っていくはずです。そして、それらはこの記事でも取り上げた通り、性教育の中で語られていることでもあるのです。

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ふあんふりー編集部
ふあんふりー編集部FuanFree
WHOなどの国際機関が定める「性の健康」の概念に着目し、私たちの編集部は「痛みのない、喜びのある性生活のためにー」をモットーに掲げています。総医療監修の医師をはじめ各方面の専門家との協力を通じて、性交痛に関する信頼性の高い情報を提供しています。私たちは性の健康に対する理解を深め、読者が充実した性生活を享受できるよう、包括的で専門的なコンテンツをお届けしています。