【ふあんよ飛んでいけ~Vol.3】本から読み解く、社会が引き起こす性交痛

【ふあんよ飛んでいけ~Vol.3】本から読み解く、社会が引き起こす性交痛

書籍『アンオーソドックス』の内容に触れている記述があります。ネタバレとなる可能性があるため、同書籍をこれから読もうと思っている方は先に書籍を読んでからこの記事を読んでいただいたほうがいいかもしれません。

アンオーソドックス

性交時の痛みに関する皆さんのふあん、どこかへ飛んでいけ~という思いを込めてお届けするシリーズ。今回は書籍『セックスペディア 平成女子性欲事典』の著者であり、女性の性と生について取材執筆や編集活動をするライターの三浦ゆえさんに「性交痛や潤滑ゼリーの話が出てくるよ」と紹介された『アンオーソドックス』という本について。

閉鎖的なユダヤ教の超正統派(ウルトラオーソドックス)から脱出した女性のお話です。厳しい宗教のしきたりがあるコミュニティで暮らす少女が、コミュニティでは当たり前とされていることに疑問を感じ、宗教に流されることなく自ら考え、自由と自立を果たす回想録となっています。

Netflixで連続ドラマ化(全4回)され配信もされていますが、原作とNetflixのドラマとは少し違いがあるようなので、この記事は原作本をもとにして書きました。現代日本に生きる私たちが抱える生きづらさと重なる、他人事に思えないストーリーが展開されます。語りたいことは沢山ありますが、今回はふあんふりーの視点でこの本に出てくる性交痛や潤滑ゼリーに関して思うことをつづってみます。

性教育をされず、性から遠ざけられて育つ

宗教のしきたりで、17歳で花嫁になる主人公。結婚式の一週間前にコミュニティに認められた先生に花嫁修業の一環として、結婚の神聖さについて説明をうけます。「男女のからだはパズルのピースのように合わさるように作られている」と説かれ、続けて腟の場所などを教えられますが、自分にはそのような合わさる穴がないと主張し泣き始めてしまいます。

これまでは、性に関することから遠ざけられて育ってきたと振り返ります。コミュニティの学校でも、性教育どころか月経のことも学ぶ機会を与えられず、初潮を迎えた時も、育ててくれている祖母に「自分は(血がでて)死ぬかもしれない」と伝えていたほど。その後も、経血はおしっこと同じ場所から出ると思っていました。

そんな状態で、花嫁修業として突然知らされた腟の存在。性行為について教えられた瞬間から、普通の娘から子宮をもつ娘に変化したとショックを受けます。自分のからだに性行為をするための場所が作られていたことに憤りを感じ、性的なものと無縁だったのに、知ったことによる(気持ちの)変化に抵抗を感じます。

変化への抵抗が、性行為を阻害する

この宗教では、歴史的背景から子孫繫栄を結婚の重要な目的としています。新婚初夜には、無条件に性行為を家族から望まれ、新婚のベッドには初体験でもスムーズに行えるように潤滑ゼリーまで、家族により準備されているのです。なんとしても性行為を成功させるために準備したツールとして映りました。

いざ性行為を行おうと思っていても、相手も未熟で挿入が上手くいかない。何度挑戦しても痛みがでるし、成功しない。正しく理解できるように丁寧に教わらないと、性行為は未知の世界。不十分な教育で迎える実践で体が硬直するのは自然だと思います。「何度も子宮のドアにノックしてもドアが開かない」彼女は、性行為が成立しないことをそう表現します。家族からの妊娠のプレッシャーによるストレスで体調を崩してしまいます。腟痙(ちつけい)と診断され、衰弱した体の治療を含めた様々な治療やセラピー、自主訓練を経て、痛みがあってもなんとか性行為ができるようなり、妊娠に至ります。

治療の過程で興味深かったのは、婦人科側では、腟中核があるかもとか、処女膜がふたつあるかもと構造的な問題を疑われ検査を受ける場面です。最終的に心理的な問題という医師の判断でセックス・セラピストを紹介され、なんとか痛みが伴うが性行為ができるまでになりました。

性を遠ざける風潮は現代日本でも同じ

性教育を十分に受けていない私たちと重なるようで、若いころの性知識は同じレベルだったことに気づきました。月経を迎えた時のショック、その後保健体育の授業で受ける受精や妊娠などの授業。子どもだったはずが急に体が変わること以外にも、妊娠ができることまで告げられ、無邪気に遊ぶ子どもだったのが、母親と同じ女であることにショックをうけた記憶が重なります。

月経も性行為も実際に起こってから、もしくはその時期が近づいた頃に教えるのでは心の準備が間に合わないと、この主人公の話と自分の過去から感じます。月経や腟の存在を知った時にショックを受けた女性は、少なくないはずです。幼い頃から少しずつからだの変化から順序だてて教えてくれたら、受け入れやすいし、ショックを受けないと思います。

日本の純潔教育とこの本に出てくる「性のことは結婚まで知らなくていい」という考え方には通じるものがあります。しかし性に関して正しい知識を持っていないと、実際の性行為の時に不安が大きくなります。また結婚したら子どもを作るが当然のような空気、子どもがいる家庭が幸せの象徴かのような価値観が、性交痛があり挿入が受け入れられない方たちに更にプレッシャーを与えている可能性を否定できません。

時間をかけて知識を自分のものにすることが大切

自分の気持ちとは関係なく、性行為をしなくてはいけない状況を経験している人は、少なからずいるでしょう。家族や社会が当事者の妊娠について干渉するべきではないですが、このプレッシャーは、悲しいことに日本にも存在しますよね。性交痛は、からだの問題ではなく、望んでいない性行為や義務感を伴う性行為で起きることがあります。無理を続ければ心が折れ、こじらせてしまいます。

性の知識は慌てて詰め込むのではなく、国際基準である包括的セクシュアリティ教育では、5歳から段階を追って時間をかけて学ぶのが望ましいとされています。いつか必要になる時に、慌てないために、学んだ後にゆっくりと考え受け入れる時間も必要です。パートナーができて性行為に至るまでも、相手を知る時間、触れ合う時間、触れ合うことを想像する時間を十分に取ることも忘れてはいけません。

性交痛の視点でこの本を読ませてもらい、結婚した女性が無条件に受け入れなければいけない性生活や期待される妊娠からくる、当事者が原因ではない、生殖義務を課す社会が生んだ性交痛が見えました。しかし、これは他人事ではなく、周囲からの妊娠のプレッシャーや夫婦だから性行為に応じなければならないという環境にある人の中には、似た思いをされているかもしれません。主人公が手に入れたものは、本当の自分でいられること。「本当の自分」とは自分にとってどういうことか。もしわかったら、持っている「生きづらさ」から自由なれる希望を感じたのでした。

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