目次
今回お話を伺った先生
丹羽咲江先生
咲江レディスクリニック 院長(愛知県名古屋市)
産婦人科医
モットーは「やさしさ」、「丁寧」、そして痛くない診療。診察に使う器具は特注品で、痛みを最大限に減らすというこだわり。日本性科学会認定セックスセラピストでもあり、セックス時の悩み(痛みなど)への治療やパートナーとのコミュニケーションの取り方のアドバイスも得意としている。他にも思春期の外来や、中学校・高校・大学で性教育、「女性の健康」について講演活動などにも力を入れる。
【略歴】
平成3年3月 名古屋市立大学医学部 卒業
平成3年5月 国立名古屋病院(現 国立病院機構名古屋医療センター) 勤務
平成8年4月 名古屋市立城北病院(現 名古屋市立大学部附属西部医療センター) 勤務
平成14年1月 咲江レディスクリニック 開院
日本産婦人科学会会員
日本思春期学会会員
日本性感染症学会会員
愛知県産婦人科医会経営委員
愛知県性教育協会会員
NPO:PROUD LIFE 監事
愛知・思春期研究会共同代表
日本性科学会 幹事
日本性科学会認定セックスセラピスト
一般社団法人パートナーシップ推進協会理事
避妊教育ネットワーク会員
写真提供:咲江レディスクリニック
主な性交痛の診療内容
1日に100人以上の患者さんが受診され、性交痛の為に受診される方は初診で月平均30人、再来の方を含めると1日20人は診ているかもしれません。
一言で性交痛の治療と言っても様々な治療を行っています。処女膜切開術や挿入に対するトレーニングも行っていますし、中高年の方に対して、モナリザタッチというレーザー治療も行っています。各症状に合わせた診察をしています。
当院は産婦人科クリニックで医師は私一人だけなので、心理カウンセリングは行っていません。性交痛の方の診察だけではなく、一般的な婦人科の診察も行っているので、時間をかけてカウンセリングすることは物理的に難しいのです。性交痛の患者さんは、体だけではなく、精神的にも「セックスができないと女性として価値が低い」「この先結婚もできないかもしれない」「男の人と付き合えない」「子どもも産めない」「人生終わった」と深刻に悩む方が多くて、北から南まで本州外からも受診されます。その気持ちを充分理解して治療を進めるようにしています。
性交痛や挿入に関する恐怖症などセックスに特化して相談できるカウンセリング機関があればいいのですが、名古屋にはそういったところがなくて。日本性科学会のカウンセリング室がオンライン対応してくれたら…と願っています。
保険診療と自費診療
治療の内容によります。例えば中高年の方で女性ホルモンが足りないことで性交痛が出ている方に対して、女性ホルモン補充療法をすれば保険診療ですし、レーザー治療は自費になります。処女膜強靭症に対する処女膜切開術は保険適応で行っています。
完治までの平均
性交痛の原因によって違ってきます。当院では挿入困難に対する処女膜切開術を受けられる方も多くて、1年間に30人くらい。平均年齢が31歳。そのうち70%の方が腟内挿入できるようになっています。術後から平均2.5ヶ月です。腟内挿入に至らなかった3割のうち正真正銘のドロップアウトは2名のみでした。そのほかの方は、シリンジ法で腟内挿入を試みる前に妊娠した、パートナーと離別した等のケースでした。
処女膜切開術を行う対象
処女膜切開術を行う対象は、明らかに処女膜強靭症な方や、当院で作成したダイレーターを細い順から徐々にサイズを上げていき、ペニスのサイズまで拡張することができない人でこれ以上はダイレーターでの拡張による治療単独での治療を希望しない方に対して行っています。
処女膜切開術は局所麻酔をして電気メスで処女膜を切開して可動性を作っていく手術なのですが、手術しただけでは元に戻りやすいのです。拡張のために病院に毎週通っていただくよりもご自分でダイレーターを使って自己拡張ができたほうが術後から挿入に至るまでの期間が短いです。その為、手術前にダイレーターをある程度入れられるようになってから切開手術を行うことにより、術後2ヶ月半という短期間で腟内挿入ができるようになるのだと考えています。
私が最初に診察しようとすると、「やめてください!」「無理です」と怖くて泣いてしまう方もいらっしゃいます。でもおうちで自分のペースでゆっくり挿入するとダイレーターを入れられるようになる方もたくさんいらっしゃいます
医師によっては、ダイレーターで拡張を続ければ挿入可能になるので処女膜切開術は不要という方もいらっしゃいますが、徐々に拡張すると言っても、狭いものを徐々に広げるのって、痛いしつらいと感じる方もいらっしゃいます。処女膜切開術を受けると、挿入可能になるまでの期間が短くなったり、せっかく手術を受けたのだから諦めずにゴールにたどり着きたいという気持ちが強くなったりするので、処女膜切開術という選択もあって良いと思います。
処女膜に問題のないケースで性交痛のある患者様は、その方の体質や心理的側面も加わるので治療期間が人によって大きく異なってきます。
性交痛の原因はさまざま
処女膜の伸展が悪いのか、腟前庭部が荒れか
性交痛のある人には処女膜の伸展が悪くて痛みが出る人がいます。その様な方は処女膜切開術が有効だと思いますが、処女膜の伸展が悪いのではなくて、腟前庭部という処女膜の外側の小陰唇の内側が赤く荒れてしまって挿入時の痛みを感じる方も結構多いです。腟前庭部が荒れてしまうとペニスが挿入されるときに擦れて痛いですし、痛いと力が入って腟が狭くなってますます痛くなるという悪循環が起こります。
ですから診察する時も「処女膜が伸びる感覚が痛いと感じるか」それとも「腟前庭部の姑膜が荒れているから痛いのか」を区別します。もちろんその両方治療が必要な方もいらっしゃいます。
腟前庭部の荒れの原因と対処法
腟前庭部が赤くなり挿入時に痛みが出る理由は体質や体調的な原因が多く、腟の自浄作用が低下している、冷え、ストレス、睡眠不足、多忙などで血流が悪くなっているなど様々です。また、挿入に対する緊張感を軽減させるためのダイレーターでのトレーニングの伸展のスピードも人によって様々で、これらを改善して挿入時の痛みを軽減させるのにはかなりの治療期間が必要になる方もいらっしゃいます。
腟前庭部が荒れている為に挿入時に痛みが出る方へは、保湿用のオイルを塗って保湿するオイルを塗った上でダイレーターを挿入して更に保湿効果を高める、レーザーを照射する、漢方薬を服用する等、局所の血流を改善するための様々な治療を組み合わせて治療を進めていきます。
内診が怖い人の診察
内診が怖くても内診台に上がれる方は大丈夫です。「話だけで」という方がいらっしゃいますが「お話だけ」という方は基本的に診察をお断りしています。診察が怖いのは本当に精神的な問題だけなのか、体に問題がないのかを明確にしたうえで治療に当たった方がいいと考えているからです。内診台に上がっても、診るだけで終わることもあります。
遠方から通う場合の通院頻度とオンライン診療
オンラインの診察は、基本的には初診の方に行っています。再診も可能ではあります。初診の方のオンライン診療を行っている理由は、遠方からの相談者も多い為どんな状況かをお話を伺ってご自分で対応していただく方法を指導したり、当院での治療指針をお話するためです。当院に性交痛の治療のために受診する患者様の内、東海3県以外の患者様が約1割いらっしゃり、遠方の患者さんは、東北や九州から来られる方もいらっしゃいますが、遠方の方だと通っていただく頻度は1~3ヶ月に1回程度です。受診の際には次回受診までにご自分でできることをお伝えしています。
なぜ、産婦人科では、性交痛の診断が難しいのか
多くの婦人科医から「何も問題となる病気がない」「セックスが痛ければしなければいい」「我慢が足りない」「気合いでして下さい」と言われてとても悲しい気持ちになったという話を患者様から聞きます。
「そもそもセックスは男女ともに気持ち良く幸せを感じられるべき行為なはずで、片方が気持ちよくて片方が我慢するのは本来のセックスのあるべき姿ではないということを理解している婦人科の医師がどのくらいいるのか疑問に思います。「病気じゃなければ痛くても仕方ない」とか「性交痛のことはよくわからない」と考えている婦人科医が残念ながら多いかもしれません。
独自に心がけていること
「全ての人が大切にされ安心安全を感じて生活する権利がある」という認識です。セックスができなくても大切にされるべき存在だし、性交痛があることで肩身の狭い思いをする必要はなく、やはり、大切されるべき存在だと思うし。でも痛くなくできるようになったら、もっと素敵な世界を感じることができるということを知っていただければ…という思いで治療を心がけています。
心因性による性交痛への対応
心因性のもので緊張感が強い方は内診台に上がると、自分でも気づかないうちに体をねじったり、お尻が浮いてしまったり、力が入って腟が狭くなってしまったりして内診が出来ないことがしばしばあります。「緊張して体がねじれてしまうとかえって痛みが強くなるから、気持ちの問題を少しずつ解放していこうね」と、内診の際に説明しています。
丹羽先生の性交痛の考え方
セックスはコミュケーションの方法のひとつです。日ごろから会話やボディタッチなどセックス以外でのコミュケーションが充分取れていて、その上で心地よいセックスができるのが望ましいと思います。男性だけが気持ちよくて、女性は痛いのを我慢する必要はないし、お互いが相手を理解してよく話し合いをして、ふたりが気持ちいいところにたどり着けるのが理想的だと思います。
海外のAVでは女性はCome onとかOh Yes とセックスの時に自分の状況を肯定的に表現しますが、日本のAVは気持ち良くても女性は「いや」「やめて」というものが多くてとても違和感を感じます。日本人の女性も気持ちいいことは良いことと、セックスのことを肯定的に捉えてほしいし、もっと「こうしてほしい」と恥ずかしがらずに相手に伝えてほしいです。セックスは「夜のお勤め」とか、性暴力は「いたずら」とか、性器のことは「陰部」とかいいますよね。隠されたもの、いやらしいものではなく、明るいもの、素敵なもの、幸せなものと感じてほしい。「背中が痛いから擦ってほしい」と同じように抵抗感なく「挿入の時に痛いからこうしてほしい」といえるくらいに。もちろんセックスはしなくてはいけないものではありませんし、しないと決めることも悪いことではありませんが、気持ちいいことに対してもっと前向きになって欲しい思います。
取材と編集を終えて
「全ての人が大切にされる権利がある」「一人一人が大切にされるべき存在と意識している」この言葉に咲江先生の治療に込められた気持ちが表れていました。インタビューの中でご自身を「職人」と称された場面もありましたが、治療で痛みのトラウマをうまない細かな配慮、患者それぞれの症状の見極め、納得しやすい絶妙な説得、従来のやり方にこだわらない独自の治療、患者個々のゴールをジャッジしない姿勢、そういった取材を通して伝わってきた咲江先生ならではの職人技が、高い確率で治っていく患者さんを生んでいると感じました。性交痛がなかなか治らなくて、咲江レディスクリニックはどのようなところなんだろう、と気になっていたふあんふりーの読者のみなさんの参考になったら嬉しいです。
咲江先生、お忙しいなか取材にお答えいただき本当にありがとうございました。咲江レディスクリニックの診察は完全予約制です。来院をご希望の方は、ホームページで予約方法をご確認ください。
お話で登場したシリコンダイレーターWR
FuanFree by YourSideにて購入可能です
性交痛の治療で大きな壁は、詳しい医師が少ないこと。性交痛を診れる医師やクリニックは、他とどう違うのかを比較するのではなく、診療にあたるその医師の姿勢や視点をお送りして皆さんなりに判断してもらえる材料になればと思い、シリーズ化してお伝えします。
第3弾の今回ご紹介するのは、愛知県名古屋市にある咲江レディスクリニックです。ホームページの診療内容に性交痛が明記される数少ないクリニックであり、院長である丹羽咲江先生は、性交痛の専門知識をもつ貴重な医師。YouTubeでも性交痛のことを詳しく解説されているので、ご存じの方も多いかもしれません。本日は、院長である丹羽咲江医師に、クリニックで行われる性交痛の治療と性交時の痛みに関する熱い想いを伺いました!