性交痛に限らず、治療は、その人を苦しい思いから解放するためのもの

こばやし

性交痛の治療で大きな壁は、詳しい医師が少ないこと。性交痛を診れる医師やクリニックは、他とどう違うのかを比較するのではなく、診療にあたるその医師の姿勢や視点をお送りして皆さんなりに判断してもらえる材料になればと思い、シリーズ化してお伝えします。

ドクター訪問記Vol.1、今回お話を伺ったのは、東京都中野区にあるよしの女性診療所の吉野一枝院長です。先生の産婦人科医療に対する熱い想いが聴けました!

お話を伺った先生

婦人科医 吉野一枝先生

よしの女性診療所 院長(東京都中野区)
産婦人科医・臨床心理士

会社勤めを経て29歳で医学部受験を志し、32歳で医学部入学。93年医師免許取得という熱血な経歴の持ち主。臨床心理士の資格をもち婦人科診療とカウンセリングが可能な貴重な婦人科医。数々の病院勤務を経て、2003年よしの女性診療所を開院。

日本産科婦人科学会認定医
日本臨床心理士資格認定協会 会員
日本ソフロロジー法研究会 会員
NPO法人女性医療ネットワーク 理事
性と健康を考える女性専門家の会 会員

性交痛の診察について

性交痛という特別な診察はなく、問診の中で「痛みの自覚があって訴える場合」があれば聞いていきます。必要があれば内診やエコー検査もします。自費診療で50,000円ですが、レーザーによる治療(モナリザタッチ)もあります。腟内と外陰部にレーザーを照射しますが、腟内は痛みを感じないので、外陰部に麻酔のクリームを塗って施術します。痛みに弱いという方には鎮痛剤の座薬を使います。

保険診療では、ホルモン補充療法(HRT)や腟にいれるホルモン剤で対応しています。更年期症状としての乾燥や萎縮で来る人が多いです。人によっては40代に入ると乾燥を感じ始める人はいます。潤滑ゼリーも院内で販売しています。

写真提供:よしの女性診療所

完治までの平均

若い方では「子宮内膜症」が性交痛の原因になることがあります。これに対しては低用量ピルで治療します。確実な避妊ができることもセックスの不安を取り除きます。40代以降の潤い不足の場合は、治療で完治するとは限りません。理由は女性ホルモンが作れるようになるわけではないからです。ひどい状態から改善したら現状維持のために、必要な限りお薬をずっと使用することになります。保険薬は3ヶ月分処方可能ですから、毎月通院の必要はありません。年1回はがん検診などを兼ねて受診していただきます。メンタルな理由がある場合はカウンセリングが必要だから何度か通うことになります。

内診が怖い場合でも、診察可能

診察台に上がれないような恐怖症の人は、ベッドで診る場合もあります。

ちなみに、処女膜強靭症は、開業してからはひとりも診たことがありません。処女膜強靭症は多い疾患ではないと思います。

必要に応じて先生のカウンセリングも

いきなりカウンセリングだけというのはなく、まず一度婦人科を受診してもらってからが基本です。カウンセリングは双方の相性もあります。理由も様々で、性被害にあって、メンタル面で怖くてできないことも含まれます。カウンセリングでは、セックスは無理にしなくてもいいことだとも伝えます。

カウンセリングを受けるかどうかはご本人の希望次第です。時間もかかるし、通常の診察もあるので、平日の午後に1日1名と人数を限って行っています。

臨床心理士を取得した理由

臨床心理士を取得したのは心理面の(専門的な)情報が欲しかったからです。私が産婦人科で第一号だったそうです。婦人科こそ、すごくメンタルが大事、心理面の勉強をしてないと女性医療はできないと思っています。

幼少期からの性に関しての価値観が関係している場合は、カウンセリングでよくなることがあります。

若い人の性交痛は、男性側にすぐに挿入したい人が多く、女性側の潤いが出るのにも時間がかかることが原因だったりします。女性の身体がどこかおかしいのではないかと男性に言われて来院される方も、話を聞いていくと女性側の体の原因ではないことがあります。

年配の性交痛の場合は、妊娠目的ではないので、挿入にこだわる必要はないし、セックスを望んでもいない場合は、しなくていいとアドバイスもします。いろんなケースがありますが、本人が望んでいないなら、治療してまでしなくてもいい、無理強いされるのはDVになるんですよということまで伝えていますが、ご本人はDVという意識がないことがあります。DVの場合は、必要に応じて専門のサポート機関につなげています。意外に更年期でも高い率でDVがみつかるのです。コロナでパートナーが在宅勤務になり、顔を合わせる時間長くなるだけでも、更年期症状を悪化させ症状がひどくなる人もいます。こういうケースはDVを疑います。

婦人科診療は奥が深い

婦人科の領域は人生に踏み込むと認識しています。日本のDVは、精神的なDVがほとんどで、メンタルを追い詰められることが多いから、夫の咳払いだけで、ピクっとなって緊張しちゃう人もいます。パートナーを「怖い」と感じたら、それはDVのサインだと思ってください。

お金をうちに入れない、経済的なDVもあります。クリニックにくるお金ですら、出したくない夫もいます。DV被害に遭いやすいのは自分に自信がない人が多い。それはそういう育てられ方をするし、男の方がエライという無意識のメッセージを社会が発信しているから、強い、引っ張ってくれる人が頼もしいと感じ、結婚するとDVになるというパターンになりやすい。自分は何も考えないで、全て男性に決めてもらうような女性はDVにひっかかりやすい。できる女性は多いのに自分に自信がない人が多い。仕事と家庭の両立ができず悩む女性は多いけど、おかしな話。男は仕事しかしていないのに、自分は家事やって子育てもやっているのに自信を無くすのはおかしいですよね。できて当たり前じゃないのです。男性も家事に影響なければ仕事をしていいなど上から目線の人も多く、女性が錯覚を起こしやすいのです。

性交痛で来る人はたいてい男性の要求に応じるために診察に来る人が多く、自分からすごくしたい人はあまりいません。やめたい人が8~9割。健康的にセックスしている人は閉経後でも腟がそんなに萎縮しないことが多いです。女性が性生活を継続したいと希望しているなら治療をしますが、そうでない場合はまずはお話を聞きます。

「本人がしたいと思う時にサポートする」スタンス

若い人は、好きな人とセックスしたいけどできないと悩む人はいます。でも40代以降はよく聞かないとあやしいです。初診の時に15分くらいかけて問診します。好きに話してもらうと軽く1時間以上かかってしまうから、こちらがちゃんと交通整理して効率よく聞くようにしています。そうすると15分でも治療に必要な情報が充分に得られます。DVには、いくつかキーワードがあるので、そう言った言葉も聞き逃さないようにしています。

慎重なヒヤリングは臨床心理士の資格があるから

いいえ、資格取得前から同じことをしていました。資格を通じ勉強会が役に立ったこともあるけど、やはり自分が勉強するしかないと感じています。そういう視点をもつかどうかは、その医師個人の考え方だから、別に資格をもっているからではなく、メンタルの重要性をわかって診察しているかどうかです。だから私は新しくできた国家資格の公認心理師を取得する予定はありません。医師がそういう視点をもつことが大事だと思います。

産後のセックスレスや未完成婚について

私が診る限りでは、産後のセックスレスは、「できない」ではなく、「したくない」が多いです。産後すぐは育児に精いっぱいでその気になれないということと、子育て中の夫の態度などが深く関係し、距離ができてしまうのが主な原因としてみられます。

未完成婚の場合は、過去に一度だけ診たことがあり、それは両者がセックスの経験がなかったことがヒヤリングで判明し、セックスや性器のことを説明して、すぐに解決できました。

編集部メモ

未完成婚⇒結婚しているのに一度もセックスをしたことがない状態のこと

トランスジェンダーの性交痛

トランスジェンダーだから特別な悩みがあるわけではなく、他の患者さんと同じで悩みは様々ですので、通常通りの診療を行っています。

過去に診療所に近い大学の学生さんとの縁で、トランスジェンダーの学生さんが中心になっておこなった勉強会をしたことをきっかけに、トランスジェンダーの方も口コミで来るようになりました。

吉野先生の性交痛の考え方

性交痛観というより、うちは女性(トランスジェンダーもいるから女性だけじゃないけど)を専門にする診療所なので、女性のからだはホルモン動態が変動するので様々な問題が起きます。性交痛はその中のひとつでしかありません。

更年期とか月経痛とか月経前症候群とか、同じ並びに性交痛があり、ひとつの症状なので特別にどうこうではなく、年齢的なホルモンの問題での性交痛なら、その流れの中の扱いでしかないし、コミュニケーションの問題や性に対する不安や嫌悪がある場合はカウンセリングが必要な場合もあるし、性交ができるようになるのが目的ではなくて、その人がそれで苦しい思いをしていることから解放するということでカウンセリングが必要なことがあります。

できるようにしてあげますというカウンセリングではありません。性交痛は先ほども言った通りホルモンの変動により潤い不足や萎縮性腟炎から起きる性交痛と、もうひとつ特殊なのは、メンタルなことが影響する場合があるから、それに合わせたカウンセリングが必要になります。でも月経痛も月経症候群も学校でのいじめやDVがあると症状がひどくなる。メンタルが背景からくることもあるし、更年期症状もメンタルでひどくなることもあるから、どれもメンタルと関連しているといえるでしょう。

基本的に性交痛は女性の一生中で出てくる症状のひとつでしかなく、特殊なものではありません。いくらでも(解決の)アプローチの方法はあります。だから気軽に相談してほしいと思います。

それと女性側だけに問題があると片付けず、男性側の問題のこともあることを念頭に置き、きちんとヒヤリングしています。他院の医師との相性が合わずに苦労される患者さんもいます。医師はみな同じではありません。だから1か所での診察で諦めるのではなく、いい意味でドクターショッピングをして自分に合う医師を探してください。

取材と編集を終えて

こばやし

何度読み返しても、よいインタビューです。性交痛だから、特別に熱心に診るのではなく、他の疾患と同じく的確なヒアリングで身体面、心理面でどのような治療が必要か見極める。

私がふあんふりーを立ち上げた理由のひとつに、「性交痛のあるセックスが、DVに繋がる、もしくはDVが隠れている」というものがあります。吉野一枝医師はDVの可能性まで考慮した問診で、その人にあった治療やサポートをされていると感じました。また印象に残ったのは、治療は「性交ができるようになる」ではなくて、その人を「苦しい思いから解放する」ことを目標していることでした。このシリーズ第1弾にふさわしい医師のインタビューになりました。忙しい中、お昼休みを削ってお答え頂きました吉野医師、ありがとうございました。よしの女性診療所の来院をご希望の方は、ホームページで予約方法をご確認ください。

ABOUT US
ふあんふりー編集部
ふあんふりー編集部FuanFree
WHOなどの国際機関が定める「性の健康」の概念に着目し、私たちの編集部は「痛みのない、喜びのある性生活のためにー」をモットーに掲げています。総医療監修の医師をはじめ各方面の専門家との協力を通じて、性交痛に関する信頼性の高い情報を提供しています。私たちは性の健康に対する理解を深め、読者が充実した性生活を享受できるよう、包括的で専門的なコンテンツをお届けしています。